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変化に気付き 対応した者のみが生き残れる!!勇気あれ!!

西堀 栄三郎(第一次南極越冬隊隊長)

とにかくやってみなはれ!!
やる前から駄目だと諦める奴は、一番つまらん人間だ!

多くの人は「失敗したらどうしよう?」と心配や不安に押しつぶされて、結局挑戦する意欲を失いがちです。
大切なことは、「絶対やるぞっ!」って「決心」することだと思います。
以下、西堀氏の書物から抜粋いたします。

何か新しいことをする時には、まずそれを、やるかやらないかを決めることが必要になってきます。

新しいことには、リスク(危険)があるに決まっています。

リスクというのは、危険ということだけでなく、うまくいかないというリスク、不成功というリスクも入っています。

そこで、やるかやらないかを決心する前に十分調査しておかないからリスクがあるんだ、あるいは失敗があるんだ、という考え方です。
しかし私は、そんな考え方では到底新しいことは出来ないと思います。
やるかやらないかを決心する前に、こまごまと調査すればするほど、やめておいた方がいいじゃなかという事になる。

“石橋を叩いて渡る”とか”渡らん”とかいうけれども、石橋を完全に叩いてから渡るか渡らんか決心しようなんて思っていたら、おそらく永久に石橋は渡らんことになるだろうと思います。
やると決めて、どうしたらできるかを調査せよ!

 

政治・経済・ファッション・流行など過去にさかのぼり調べてみると変化・変革は25~27年で起きています。

小さな動きは3の倍数の時期に変化します。人生においても3を起点に動くことは暦や占いの世界でも重要視されていますね。

 

美容業界でも遡れは思い当たる節は多々ありました。

昭和24年戦後の混乱期に美容院を復活させた大御所と呼ばれた先生方 山野愛子・山崎伊久江・真野房子・メイ牛山氏等が日本女性の為に活躍  昭和27~28年にアメリカからコールドパーマが導入される。30年前半代に美容師法が制定される。この時期のパーマはチリチリパーマでローラーを巻いてセットしないとどうしようもなかった。パーマ&セットの時代に陰りが見えたのは昭和50年代初頭から

団塊世代の女性たちが社会に出て働くようになった昭和50年代初頭から美容室にあったお釜(アミカラーを巻いた髪を乾かすドライヤー)が徐々消える傾向へ。何故でしょう? 全国の美容室がカット&パーマへ変化したためです!! 働く女性は時間が惜しい 1週間に一度美容院に行けない 働く女性は毎日髪を洗って清潔に簡単にセットしたい ドライヤーで乾かせば簡単に形が付くスタイルを希望しました。出てきたスタイルがレイヤーカット(段カット)・ショートレイヤー・ソバージュ・聖子ちゃんカット(昭和55年ごろから)等です。

続きは明日!!

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